豊かな発想と優れた表現技術によって市民ビデオの可能性を広げた作品です。
(順不同)
宮崎県は家畜伝染病口諦疫被害で大量の牛を屠殺した。横綱級牛5頭が尾八重に隔離された。尾八重は19名の限界集落。壱岐孝雄さんが中心となって里の人たちを巻き込んで、コミュニティの活性化に取り組んでいるが、若夫婦が転居してきたことで光が指してきた。
2画面合成。1つが調理画面。2つが英会話の授業風景画面。共通性がまったくなく、見ている脳が違和感を覚える。英会話画面で作者が登場。生キャラメルのレシピを解説。急に共通性が出たため、違和感が興味に代わる。最後に1画面で試食。食べたくなる作品。
年末から年始にかけ、中国最南端の島、海南島に住むアポ7人を訪ねる日本女性4人組。アポとは現地語でおばあちゃんの意で、70年前第二次大戦で侵略した日本軍によって性暴力が行われた被害者の女性たちだ。賠償裁判の垣根を超え、親愛な交流が更に深まる。
限界集落ゆらのの森に住む鷲野陽子さんは首相官邸での鳩カフェに出席し、都会人の漠然とした不安に対し、解決につながる歴然とした不安の違いがある事を感じ、わが子には、自給自足の中で「生きる力」をつけさせたいと願う。豊かさとは何かを改めて考える作品。
今年の猛暑をモチーフにつくられた愉快な作品。買い物をしてもアイスキャンデーは溶けて水に。シシャモは干物に。卵はなんとゆで卵になってしまう。それなら太陽の熱を使ってペットボトルでお湯を沸かし、食事や風呂の湯に使ってしまうアイディアを実行する。
定点観測映像の記録は時間と違和感が面白い。多摩川を渡る鉄橋で、新幹線と並走する横須賀線は以前品鶴線と呼ばれた。新幹線が多摩川を渡る17秒を軸に、父親撮影の1936年の8mm、作者の1991年と、2010年のビデオが交差し、時空を超えた風景を再現する。
中学以来30年ぶりに槍ヶ岳を源流とする高瀬川を遡行。通行不能とされていた伊藤新道を沢登りし、念願の高山蝶ミヤマモンキの生息地に辿り着く。高山蝶と山草を愛する作者は山荘の古老から聞いた、渓流の崩壊はダムによる水ぶくれの影響の説に力点を置く。
六本木は超高層化することで、街路や遊歩道をつくり、緑地公園を守り、ビルの屋上まで緑が溢れ、昔からの文化が共存するというコミュニティが実現した。この再開発事業を推し進めたのがろくろくと呼ばれる昔からの町内会住民たちであり、その歩みの記録。
梅雨空に似合うのはユーモラスなカタツムリ。陸に住む貝と知っていても、その生態となると知らないことが多い。肺で呼吸し、4本の触覚、歯舌、腹足、口腔、雌雄同体、この作品はわかり易く解説で優れた教材だ。高齢な作者とは思えないカメラワークに感心する。
肱川嵐とは初冬の寒い早朝、発生した霧が愛媛県西岸にある大洲盆地から肱川を下り、白い霧を含んだ強い風が海側に抜け出る絶景の現象だ。但し撮影のタイミングは難しいらしい。作者は地元に住んでいる強みを発揮して、満を持した撮影スポットが見事である。
趣味の畑を荒らすのはネットにかかっていたくちばしが長い野鳥で、慌てて放してしまうが、正体を知りたい。夜中、わなやビデオカメラを仕掛けると驚くことに狸、野鳥が写っていた。都市化した茨城で畑のひとつのエピソードから作者が環境問題に興味を持ち出す。
人はどこから来て、何をして、どこへ行くのだろうか。この作品では人は海から誕生し、波に揉まれ、海中の中で生き、水の宇宙の中で溶けていくイメージだ。音楽と同調して波の重なり、水面の揺らぎ、海中の人の表現など独特の砂アニメーの描写が魅力的である。
民話の人形芝居と実写を組み合わせた格差社会の寓話。貧乏村のきこりと金持ち村の貴婦人がハッピー村でくじを引くと願いがかなうと言う。様々な運命が変わり、きこりの書いた「クレジーパーク」は飛ぶように売れるが、盗作の疑いがかかる。貴婦人は財産を失う。